世紀末の風景(00/11/19)



1.どさくさにまぎれて

(その1)
 世紀末のどさくさにまぎれて。
 青年会議所メンバ−たちに、
「お前の浮気知ってるぞ。バラされたくなきゃ20万円振り込め」との脅迫(?)状。

 世の中にはなかなか、頭イイ奴っているもんだね。

 その手の話って、多分、世の男の最低2−3人に一人は身に覚えがあるはず。
 タ−ゲットもいい。
 価格設定も。
 被害届けも出せやしないし。

 でもどうしてもっと準備して、きっちり計画的にやらなかったんだろう。

 全国の名簿集めていっせいにやれば、
大金持ちになれたかも知れないのに。
 少なくとも、適当にピックアップしてDM打てば
「オレんとこも来たよ−」なんてことにならなかったのにね−。

 振り込んじゃった人、ご愁傷さま。


(その2)
 上高森遺跡「ゴッドハンド」のマッチポンプ事件。
 もうちょっと用心深い人だったら、日本も「世界五大文明」に入れたのかも・・・(笑)。

 しかしまあ、何ぼ何でも、情報やら研究やらの根底に関わる人が、
それをやったらおしまいだよって感じだよね。
 (改訂に要する「山川出版社」の被害総額はいくらだ?それと大学落ちた奴の中で、訴訟起こすのとか、いないのかな−?)

 でも同時に。
 「大事なことなんだけど、ソロバンには乗らない業界」の選手層の薄さ、
あるいは初心を忘れて名誉や生活を求める個人の危うさ、
もしくは一次情報を生産できる特権階級のスカスカ振り・・・みたいな、もろもろの問題点が見事に露呈した事件だと思った。

 多分、何とか勲章を貰っているような人たちの世界でも、似たり寄ったりのことってあるんだろうな。
 神様もなかなか甘くないね。


2.根底からウミ

(その1)
 アメリカ大統領選。
 アメリカ民主主義の根幹って、かくもおそまつなもんだったんだね−。
 見事に根底がくつがえっちゃったって感じだね。

 世紀末に、こういうドラマチックで皮肉な現象が起こるのは、まさに神様のいたずらだな。
 でも、日本でもやってみたら同じような問題は出るのだと思う。絶対に。

 代理人その他の「ルール」そのもののの在り方も含め、まずは「失敗」が明るみに出たアメリカで、21世紀にふさわしい選挙の在り方を確立して欲しいな。
 いつまでも大陸横断列車の時代じゃないんだから、もっと早くてコストのかからない方法で。


(その2)
 僕が一回目のディベ−ト直後におこなった、
アメリカ大統領選の予想は一応(?)、外れそうだ。
 多分、ブッシュの勝ち以外に、どういう決着のつけ方もないと思う。

 言いたい放題の自由主義に歯止めが利かないなら、
キューバやロシアからでも、選挙監視団出してもらう以外にないな。

 で、最終的にゴア勝利の予測が外れてしまった(?)要因としては、
あれ(一回目のディベート)以降、次第にアメリカ経済に秋風が吹いてきたことが上げられる。

 加えて世紀末ということがあり、
心理的にも、「これまで」と「これから」の間に線を引きたくなるみたいな面もあったろう。
 経済や環境問題など、21世紀に繰り越す問題については、皆、
もうすでにある程度の厳しさを意識しているはずだから。

 で、それやこれやで、
クリントン時代の夢はもう続かないんだろっていう意識が生まれた。

 相当な人が最終的に、やっぱりゴアに入れるのやーめたって思ったんじゃないかな?


3.「これまで」と「これから」

(その1)
 そんな中。
 もう今世紀のことは世紀内にカタつけましょっていう、天の采配もあった。
 「浦島太郎?」重信房子の逮捕。

 でも、この件についての「団塊の世代」の論評はやや同情的で甘すぎるよ。
 いくら「あの頃は皆、熱病に犯されてた」としても、
あるいは「彼女には結局行き場がなくなっていた」としても、
結局、単なるテロリストなんだからさ。

 オウムを引き合いに出して、「若いマジメなエネルギーはそういう所に行きがち」だとか、
「あのころの若者は皆、社会のこと考えてた」とか、
ちょっと言いすぎっていうか、
悪いけど「総括」が足りないと思うな。

 で、その重信さん逮捕のきっかけだけど、
一説にはメールがアメリカのIT諜報システムに引っ掛かったらしいね。
 「世界同時革命」とかそういうキーワード、あんまり使うとマークが入っちゃうんだとか。


(その2)
 一方では。
 多くの人やあ組織が、だいぶはっきりと、
20世紀を引きずって行きたい奴と、そうでない奴に分かれてきたという感じがする。

 例えれば、野球とサッカー。

 野球界を牛耳っているのは、代理人たてる奴は減俸やーみたいな恫喝してる人たちだ。
 あくまで既存のファンと既得権益優先。オリンピックなんて二の次だって意見もまかり通る。
 ドラフトも完全に骨抜きになっちゃった。
 弱小球団の経営のメドは、いっこうにたたぬまま。
 にしても、いつまでONで引っ張っていくつもりなんだろう?

 これじゃ、イチロ−に限らず、力があって賢い選手は当然、日本など捨てるよ。
 まあ行く所まで行くしかないんじゃ? って感じもあるけどね。

 対して、世界で戦えるメドが立ち、
サッカーくじ実験導入にまでたどり着いたサッカーは立派だ。
 一時の劣勢も跳ね返したし、
チ−ム経営と年俸みたいなややこしい問題を先送りせず解決してきた姿勢もよかった。
 世界との関係、地域との関係、そしてメディアとの関係だって整理ずみ。
 善し悪しは別にして、各地に立派な施設も出来てきた。
 あとはサッカ−くじの正式導入なれば、前途洋々。
 特定スポンサ−に振り回されるような低レベルのいざこざは、もう起こり得ない。

 発足時のバブル人気やワ−ルドカップという「大義」、
それに政治力などをうまく活用しながらの、
目に見える短期的成果の組み合わせ方は、本当にお見事。
 絵空事に思えた長期理念の実現にも、俄然リアリティが出てきた。
 歩みは着実だが、明らかに勢いが新しい。


4.混線するトレンド

 さはさりとて。
 新しいと言われるトレンドの中で、本当に確かなものはまだわずかだ。

 例えば、長野の知事選。
 かってのしがらみを潰したという点では大成功。
 スカッとしたのは支援者だけじゃなかったと思う。
 (小布施のIさん、佐久市議のK君、「ペログリ」に出てたよ−!!)

 確かに「破壊」という意味では、
あるいは無党派市民が新しい手法で立ち上がったという意味では、
21世紀への序曲みたいな所はあった。

 でも、「破壊」がうまく「創造」につながるかどうかは別。
 無党派の結集だって、結局その要因の多くはマスコミパワ−によるものだし。

 で、実際のところ、あの選挙は、
今度の参院選で危惧される、有名人ならなんでもありみたいな世界と、
一体、どこまでが一緒で、どこからはどう違うのだろうか。
 本当の所、まだまだよく分からんよね。

 ついでに言えば、
ノックや青島やマドンナ議員を選んだ、かっての衆愚選挙とはどう違うのかな?
 懲りずに20世紀のおバカさん振りを引きずっているだけじゃないの、という見方もある。

 で、少なくともマスコミは、そのうち、今度は下半身を中心に田中攻撃に転じるんだろう。

 そんなことの繰り返しのうちに、ずぶずぶと
この国は沼の深みに沈んでいくんだろうなっていう気がする。


5.怖くて言えない21世紀


 最後に。
 あまり不安でつらいから、
もう見ないことにしようっていう世界もある。

 例えば、西表島で起きた震度5の地震。
 あまりもう、何も感じないのはどうしてだ?
 雰囲気としては、かなりヤバイ頻度になってるのに。

 台湾での大地震はもちろん、鳥取西部地震も伊豆の大災害も、ずいぶん昔のお話扱い。
 関西でも皆、神戸であれだけのことがあったから、もう当分、順番は回ってこないだろうと思ってる。

 もちろん当たって欲しくはないけど、21世紀の最初の10年で、東京を含む東アジアのどこかの大都市で、大きな災害が起こる気がするな。
 いくら人間が、勝手にそれを意識しまいとしていても。